【シリーズ:立ち返る視点⑥ 武田信玄に学ぶ、人と組織の関わり方】

四月
春らしい話題が続く季節ですが、
あえて今日は、季節外れの「柿」の話から始めてみます。

四月、新しい年度が始まり、
春の気配が色濃くなってきました。

……そんな季節に、
なぜか今日は「柿」の話です。

四月、新しい空気が流れる季節です。

本来なら春の話題がふさわしいのですが、
今日は少しだけ季節を外れて、柿の話をしてみます。

実はこの話、
人材育成の場面と、どこか重なるところがあります。

研修の場でよく出てくるのが、
人材育成に関するこんな悩みです。

「期待して関わっているのに、なかなか成長につながらない」

現場で対話を重ねていると、こんな言葉に出会うことがあります。

「なかなか成長しないんです」
「もう少し主体的に動いてほしい」
「苦手な部分を克服してほしくて」

どれも、人を思っての言葉です。

育てたい。
伸ばしたい。
もっとできるはずだと信じている。

その思いがあるからこそ、
関わり方にも力が入ります。

けれど、
その関わりがうまくいかない場面もあります。

何度伝えても変わらない。
期待している方向に進まない。
本人も、どこか苦しそうにしている。

そんなとき、
ついこう考えてしまうことがあります。

「まだ足りないのかもしれない」
「もっと教えたほうがいいのかもしれない」

ここで、
一つの言葉に立ち返ってみたいと思います。

戦国時代の武将
武田信玄 が残した言葉です。

「渋柿は渋柿として使え」

渋い柿を、
無理に甘くしようとするのではなく、
その特性のまま活かす。

とても静かで、
けれど本質的な視点だと感じます。

人材育成の場面でも、
似たことが起きています。

苦手なことを克服させようとする。
足りない部分を埋めようとする。
できないことを、できるようにする。

もちろん、それが必要な場面もあります。

けれど、
そればかりに意識が向くと、別のものが見えにくくなります。

それは、
その人がすでに持っているものです。

得意なこと。
自然とできていること。
本人にとっては当たり前すぎて、気づいていない強み。

そこに目を向けずに、
足りない部分ばかりを見てしまうと、
人は少しずつ自信を失っていきます。

ある中堅社員の方が、
こんな話をしてくれました。

「頑張っているんですが、
何をやっても足りないと言われている気がして」

その言葉を聞いたとき、
とても象徴的だと感じました。

人は、
伸ばされるときよりも、
認められたときに動き始めることがあります。

適材適所という言葉があります。

けれどそれは、
単に人を配置することではありません。

人を役割に当てはめるのではなく、
人を見て、役割を組み立てること。

その視点があるとき、
同じ人でも
違う力を発揮することがあります。

渋柿を甘くしようとするのではなく、
渋柿としてどう活かすかを考える。

そのほうが、
結果として組織はうまく回る。

そんな場面を、
これまで何度も見てきました。

人を変えることに力を使うのか。
人を活かすことに力を使うのか。

この違いは、
育成の方向を大きく変えます。

足りないものを埋めるのではなく、
すでにあるものを見つける。

人を変える前に、
見方を少し変えてみる。

それだけで、
人の活き方は変わるのかもしれません。

その視点に立ち返るとき、
人材育成は
少し違う景色を見せてくれます。

次回は

「どうしたい?」が人を追い詰める瞬間
― 良かれと思った問いの落とし穴
をテーマに、
コーチングの関わり方について、
少し考えてみたいと思います。